東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1238号 判決 1988年5月31日
控訴人 附帯被控訴人(原告) 川瀬深海
被控訴人 附帯控訴人(被告) 日本冶金工業株式会社
主文
本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。
但し、原判決主文第二項に「一一、三三一、二二一円」とあるのを「金一一三三万一〇五六円」と更正する。
控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は被控訴人の各負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
1 (控訴の趣旨)
原判決を次のとおり変更する。
(一) 被控訴人が控訴人に対し昭和四七年一〇月七日付でした休職処分及び昭和五七年三月二六日付でした解雇処分がいずれも無効であることを確認する。
(二) 被控訴人は控訴人に対し金一三一三万二三七〇円及び昭和五八年三月一日以降毎月一四万七七九九円宛の金員を支払え。
(三) 被控訴人は控訴人を就業規則の定めるところにより就労させなければならない。
(四) 被控訴人は控訴人が神奈川県川崎市川崎区小島町四番二号所在の被控訴人川崎製造所構内に就労又は組合活動のため入構することを妨げてはならない。
(五) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 附帯控訴棄却
二 被控訴人
1 控訴棄却
2 (附帯控訴の趣旨)
(一) 原判決中被控訴人敗訴部分を取消す。
(二) 控訴人の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
第二当事者双方の主張
原判決七枚目裏六行目から七行目にかけての「二五・二%」を「二・五二パーセント」と改め、一九枚目裏七行目の「実力斗争」を「実力闘争」と改め、同二一枚目裏八行目の「懲役一年」を「懲役一年六月」と改め、同二二枚目表七行目の「一切応ぜず、」の次に「『弁護士に聞け、勝手に調べろ』などという態度をとりつづけ、」を加え、同二九枚目表八行目の「原告は」から同裏一行目の「対しても」までを削り、当審における主張を次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の主張
控訴人には、本件休職処分の処分事由の消滅についての申告義務はなく、右申告義務を怠つたことを理由とする本件解雇処分は無効である。控訴人が起訴され刑が確定していない間は、その事実が、形式的には休職事由に該当するかのようであつても、企業の秩序維持や対外的信用確保に影響がなく、特に従業員としての労務提供に支障がないため、本件休職処分は就業規則の適用を誤つた無効のものであつて、本来起訴休職処分をなし得る事実は存在しなかつたのであるから、その処分事由が消滅したことを報告すべき義務も生ずる余地がない。
本件休職処分の無効は、昭和五〇年二月七日言渡の仮処分申請事件の判決においても認められ、右判決の時点において被控訴人が控訴人を就労させることには何ら問題がなかつたのであり、被控訴人は、右判決に対して特段に争うこともなく、控訴人に対して賃金を支払いつつ、控訴人の要求する職場復帰も賃金増額も認めなかつたのである。刑事裁判確定の日は右仮処分判決の日より後の昭和五一年五月二六日であるから、控訴人が処分事由消滅の申告の義務を課されることはない。
そもそも、従業員としての義務は、法令、労働協約、就業規則に規定され、かつ、その規定が有効なものに限られるのであるから、控訴人に休職事由消滅の申告義務が生ずる根拠はなく、本件休職処分が無効である以上、休職事由消滅を秘匿して賃金を受領した詐欺的背信行為であるとの非難は当たらず、また他の従業員と同様の扱いを求めて賃金増額を請求したことにも問題はない。
二 被控訴人の主張
1 本件休職処分の適法性について
(一) 起訴休職制度は、一般的には合理性をもつものであるから、従業員が起訴された場合には、その者に特段の例外的事由の存するときでない限り、これに対して起訴休職を発令することは、人事上の制度のあり方として当然のことであり、右の特段の例外的事由の存することについては、処分の効力を争う者に挙証責任があるものと解すべきである。
(二) 本件起訴事実にかかる沖繩返還協定反対闘争に現われたいわゆる反戦運動は、防衛庁、原子力関係を敵視するものであることが明らかであり、他方、控訴人は、意見を単なる言論の上だけでなく、直ちに実力闘争に現わさなければならないという見解の持主であり、しかも、それを企業等に対しても実践しようとする者であつて、このことは、控訴人が起訴後に配布した実力闘争を教唆したビラにも現われている。被控訴人は、対顧客感情の上の配慮からも、また、万一実力的破壊活動に出られたならば回復不能の損害を被るので、その防止のためにも、控訴人の就業を不適当と認めたものである。
(三) 控訴人は、刑事事件について一切を被控訴人に明らかにしなかつたのであるから、公判期日が判明してしまうような事前の欠勤の届出や有給休暇の取得をするはずがなく、過去の欠勤に際して事前の届出をしていたからといつて、全く異なる状況のもとで、同様にするであろうことは期待し得なかつた。更に、控訴人は、逮捕された昭和四六年一一月一四日の段階で、当年度の有給休暇一六日中一五日を既に消化し、これに加えて五日の欠勤があつたので、刑事裁判が始まれば、公判に出頭する日数分だけ欠勤せざるを得ない状況であつた。
2 本件解雇処分について
(一) 本件休職処分の効力の問題と処分の基礎事実の存否の問題とは別個のことであつて、基礎事実が消滅した場合に休職手続を終了させることについては何の争いもなく、それであるからこそ、被控訴人は、再三、再四、控訴人に対して、刑事裁判手続の進捗状況について照会し、これについての強い関心を表明しているのであるから、休職事由が消滅すれば、控訴人が直ちにこれを被控訴人に申告して休職処分を終了させるべきことは、条理上も当然である。
(二) 就業規則上、休職事由消滅の申告義務を直接定める条項は、昭和五五年三月の改訂で付加されたものである(新規則一四条二項)が、改訂前の旧規則においても、八条二項(新規則六条二項)に、従業員が会社に届出た契約上、身分上及び給与支給上かかわりのある事項に変動を生じたときは直ちに届出をすべき旨が定められており、休職事由の有無は、当然これらと同様の契約上、給与支給上かかわりのある事項であるから、旧就業規則のもとにおいても、従業員が申告義務を負うことが労働契約上説示されていたというべきである。
また、起訴休職の場合、その休職事由の消滅は専ら当該従業員に関する事実であり、一般的には会社側がこれを知る手段を有しないのであるから、当人が休職事由の消滅を知つた場合には、直ちに自ら会社に通知して休職を終了させるべく働きかけることが必要であり、そうすることは、労働力の提供と賃金の支払とを内容とする労働契約の本質的部分から信義則に基づき必然的に発生する附随的義務でもある。
第三証拠関係<省略>
理由
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求中、本件休職処分の無効確認を求める部分及び賃金支払を求める部分の一部は理由があるが、その余の請求は理由がないと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。
1 原判決三七枚目表六行目、三八枚目表六行目、同裏一〇行目、三九枚目裏五行目の「証人青木信太郎」をいずれも「証人青木伸太郎」と改める。
2 同三八枚目表二行目の「している」を「しており、その作業習得には約三か月を要する」を加え、同四行目の「停帯」を「停滞」と改め、同裏九行目の「もたらすこと」の次に「が少なくないこと」を加える。
3 同四〇枚目表七行目の「労使協議会」の次に「(通称工場協議会)」を加える。
4 同四一枚目裏三行目の「本件処分事実」を「本件処分事由」と改め、同四行目の「したがつて」の前に「被控訴人は、控訴人が本件起訴にかかる行為と同様の行為を被控訴人会社内において行おうとするものである旨主張するようであるが、被控訴人の援用する成立に争いのない乙第一五号証の一・二の記載は、労使関係について、話し合いによる解決のみでは足りず、闘う労働運動を造り上げなければならない旨を訴えるのみで、それ以上に具体的に暴力的な実力行使、非合法的活動を示唆ないし煽動するものではないと認められ、そのほかに、起訴にかかる事実との関連において、控訴人が就労した場合に職場内において反秩序的言動をなすおそれが存在したことを認めるに足る証拠はない。」を加える。
5 同四二枚目表末行の「すぎず、」の次に「前掲乙第一五号証の一・二の記載も具体的に暴力的破壊活動を示唆するものとは認められず、」を加える。
6 同四三枚目裏六行目の「対拠」を「対処」と改める。
7 同四四枚目表三行目の末尾に続けて「なお、被控訴人は、従業員が起訴された以上、被控訴人としては、特段の例外的事由が存在しない限り起訴休職処分をなし得るものであり、右の例外的事由の存在は処分の効力を争う者において立証すべきである旨主張するが、起訴休職制度の趣旨・目的に徴して右のとおり解すべきであつて、右主張は採用し得ない。」を加え、同裏二行目の「しかし、」の次に「控訴人が被控訴人に昭和四〇年三月一七日に雇用された者であることは前記のとおり当事者間に争いがないところ、成立に争いのない乙第四号証の一・二、原本の存在及びその成立に争いのない乙第一二号証、」を加え、同三行目の「原告は」から同七行目の「この場合には」までを「当時の労働協約(五九条)及び就業規則(三八条)において、年次有給休暇は、原則として前期の出勤率が八〇パーセント以上で(但し、前期の出勤率が五〇パーセント以上の者については会社の裁量によつて与えられることがある)、勤続年数四年以上七年未満の者は一六日、同七年以上一〇年未満の者は一八日を取得し得るものと定められていたこと、控訴人は、昭和四六年一一月一四日に逮捕された時点において同年中の有給休暇一六日の内一五日を消化し、そのほかに欠勤五日があり、右逮捕時から欠勤して、同年一二月一五日、就業規則四六条三号により事故欠勤が引続き三〇日に達したものとして休職に付され、本件起訴休職処分の日まで右事故欠勤による休職が継続していたこと、したがつて、控訴人は、同年中の出勤率に基づき昭和四七年中は有給休暇一六日を取得する資格があつたこと、控訴人は、昭和四六年まで、有給休暇は全て所定の届出をして取得しており、それ以外の欠勤の場合にも」と改め、同一〇行目の「そして」から同四五枚目表一行目の「証拠もない」までを「また、本件休職処分の時点において、控訴人が公判期日に出頭するために、業務に著しい支障を来たすほどに頻繁に欠勤することが予測されたという事実を認めるべき証拠もない(ちなみに、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、本件刑事事件につき、保釈後第一審係属中、概ね毎月一回の割合で開かれる公判期日に出頭していたが、控訴審では判決言渡期日にのみ出頭したことが認められる)。」と改める。
8 同四五枚目表七行目から同八行目にかけての「なすものと考えられるし、」を「しないとは断定し難く、かりに控訴人が事前の届出なく欠勤したとしても、その代替が不可能なわけでないことは被控訴人の自認するところであり、これを控訴人の前記出廷状況に照らせば、それによる支障をことさら重大視するのはあたらないというべく、しかも」と改め、同九行目の「十分対処することができる」を「ある程度は対処することができ、それ以外の欠勤によつても業務に著しい支障を来たす恐れは大きくはなかつた」と改め、同裏九行目の「製造という」を「製造の最終の作業工程を担当し、それには技術上高い熟練を要するというものの、その作業の習得には、三か月もあれば足りるいわば」と改め、同末行の「ではない」の次に「のみならず、同僚とのチームワークの支障という点についても、右のような従業員の反応及び控訴人の従事する労働形態に鑑みれば、これを過大視することはできない」を加える。
9 同四七枚目表八行目の「第一八号証」を「第一七号証」と改める。
10 同四九枚目裏五行目の「なされた」の次に「(なお、右仮処分申請においては、あわせて、控訴人を就労させなければならない旨及び川崎製造所構内に就労又は組合活動のため入構することを妨げてはならない旨の裁判も求められたが、右判決においては、労務の提供は労働者の義務であつて権利ではないとの理由で、右部分の申請は却下された)」を加える。
11 同五〇枚目表八行目及び一〇行目の「言渡」の前にそれぞれ「判決の」を加える。
12 同五二枚目表二行目の「乙第一号証の二」の次に「、前掲乙第四号証の二、」を加え、同三行目の「できるが、」を「できる。被控訴人は右改訂前の就業規則八条二項をもつて休職事由の消滅についての申告義務の根拠と主張するが、右乙第四号証の二によれば、右規定が異動につき届出を要するものと定める同条一項二ないし七号所定の事項は従業員の身分関係や給与、諸手当の算定の基礎となる事項であることが認められ、これらと性質の異なる休職事由の消滅について右規定を類推適用すべきものとは解されない。しかし、」と改め、同裏四行目及び同九行目の「という」をいずれも削る。
13 同五三枚目表二行目の次に行を変えて次の通り加える。「ところで、控訴人は、本件休職処分はその処分事由を欠くが故に無効なものであり、前記昭和五〇年二月七日の仮処分判決によつてその無効が判断されており、もともと存在しなかつた休職事由の消滅について申告義務が生ずる余地もないと主張する。しかし、本件休職処分は諸般の事情を総合して無効と判断されるとはいえ、被控訴人が右処分の基礎とした起訴の事実は存在したのであり、仮処分判決が右処分の効力を停止したのは仮の地位を定めたものにすぎず、被控訴人は、依然右処分の有効であることを主張して控訴人の就労を拒否していたのであつて、起訴事件が終了した事実が判明すれば、被控訴人としても、もはや休職処分を維持する理由がなくなり、控訴人を復職させなければならなかつたのである。他方、労働契約は、労働者が賃金を対価として労務を提供することをその本質的要素とするものであり、控訴人は、前記仮処分判決が賃金の仮払を命じ就労請求権を否定した結果とはいえ、労務を提供することなく、賃金の支払を受けていたのであるから、このような事態を解消し正常な契約関係を回復することが可能となつたときには、控訴人も進んでその措置を講ずることが、労働契約における信義則から要請されるものということができる。したがつて、控訴人は、本件休職処分が無効であるにかかわらず、処分事由たる起訴の事実の消滅を被控訴人に申告すべき義務を負うものと解すべきである。そして、前記認定の事実関係によれば、控訴人は、右義務を怠つたことにより、長期間にわたり、受領する賃金に対応する労務を全く怠つていたのと同一の結果を生じさせていたのである。」
14 同五四枚目表四行目の「争いがなく、」の次に「(八)の内、物価手当の点を除くその余の事実、」を加え、同五行目の「資格別」の次の「、」を削り、同九行目の「四号証」の次に「の一・二」を加える。
15 同五五枚目表二行目から三行目にかけての「二六八、〇七八円」を「二六万八〇九五円」と改め、同行の「日額一、四九七円、」を削り、同裏三行目の「一、五四一、六五三円」から四行目の「日額四、二〇〇円」までを「一五四万一四七一円(その算式は次のとおりである。
(55年度本給) (定期昇給分)
94,174円+2,100円=96,274円…56年度本給 (A)
(A) (本給比) (一律)
96,274円×0.03358+1,100円≒4,332円……付加給 (B)
29,600円……資格給 (C)
(A) (B) (C)
96,274円+4,332円+29,600円=130,206円……基準内賃金月額
その11月と26日分……130,206円×(11+26/31)≒1,541,471円」
と改め、同六行目の「一一、三三一、二二一円」を「一一三三万一〇五六円」と改める。
二 以上の次第で、控訴人の本訴請求中、本件休職処分の無効確認を求める部分及び金員請求の一部を認容し、その余を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであるが、原判決の認容した金額には誤算があるので、これを更正することとし、控訴及び附帯控訴の各費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高野耕一 野田宏 米里秀也)